【ヤマトリノ】大学はどこ?六本木No.1キャバ嬢の経歴まとめ!

【ヤマトリノ】 大学はどこ?最終学歴と 六本木No.1になるまでの 経歴まとめ!
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ヤマトリノって、どこの大学出身なんだろう?」と気になって調べている人は多いと思います。

発言のキレや話し方のうまさから、「実は高学歴なのでは?」と感じる人も多いようです。

でも実は、ヤマトリノさんは大学に進学していませんでした。

高校卒業後、「中途半端な大学に行っても意味がない」と自分で判断して、夜の世界に飛び込んだ人なんです。

この記事では、ヤマトリノさんの学歴・大学に行かなかった理由・経歴・現在の活動まで、公開情報をもとにまとめています。

読み終わるころには「学歴よりずっと面白いもの」が見えてくると思いますよ。

目次
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ヤマトリノの大学・学歴は?

結論からお伝えすると、ヤマトリノさんは大学に進学していません。最終学歴は高校卒業です。

「頭の回転が速そう」「話し方がキレている」という印象から高学歴を想像する人も多いようですが、実際には大学に行かないという選択を自分で考えて決めた人です。その理由については次の見出しで詳しく紹介します。

ヤマトリノのプロフィール

まずはヤマトリノさんの基本プロフィールをまとめておきます。

項目内容
名前ヤマトリノ(リノ)
生年月日1月8日生まれ(年齢非公開)
身長158cm
血液型A型
出身地東京都
最終学歴高校卒業
職業キャバクラ嬢・インフルエンサー
在籍店舗六本木「ジャングル東京」
SNS(X)@kintamabiyon(「選手の妻」名義)

ヤマトリノ」という名前は、歌舞伎町の『CELUX』に移籍するタイミングで名字をつけたもので、由来はマンガ『ONE PIECE』のキャラクター「ヤマト」からきているそう!それまでは「リノ」という名前だけで活動していました。

ヤマトリノの出身高校や地元は?

出身高校については、現時点では公表されていません。出身地は東京都と複数のプロフィールで紹介されており、東京で学生時代を過ごしたことは確かです。

「練馬育ち」という情報がネット上で見られることもありますが、公式プロフィールで確認できる範囲では「東京都出身」までが確実な情報です。出身高校名や地元の詳細については、ヤマトリノさん本人が現時点では公表していないため、特定はできません。

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ヤマトリノが大学に行かなかった理由は?

ヤマトリノさんが大学に進学しなかった理由は、愛沢えみりさんとのYouTube対談動画の中で本人が直接語っています。

(参照:メゾンドボーテ YouTubeよりhttps://youtu.be/3ffLldJ4ozs?t=164

「中途半端な大学に行っても何にもならない」

ヤマトリノさんは一度は大学進学を考えていました

「目指していた大学が上の方だった。浪人することも頭にあった」と話しています。

でも、よく考えてみると気持ちが固まらなかったといいます。本人の言葉を借りると、

「勉強そんな好きじゃないし、中途半端の大学行っても何にもならないし、先にお金稼いじゃおうと思って、もう急にキャバクラっていうか、家出て働きました」

「勉強が嫌いだから行かない」という単純な話ではなく「好きでもないことに時間とお金をかけて、中途半端な結果を出すくらいなら、先に動いた方がいい」という、かなり冷静な自己分析から出た結論でした。

愛沢えみりさんも同じ考えだったことを明かし、「私も一緒だと思っちゃった」と話す場面があります。2人が共感したのは「中途半端なところに行くんだったら…」という感覚でした。

太っていて「どこも受からなかった」クラブ入店のリアル

大学に行かないと決めたヤマトリノさんが最初に選んだのは、夜職でした。ただ、最初からキャバクラに入れたわけではありませんでした。

「太ってて、歯の矯正もしてたんで、どこも受からなくて、クラブに入りました」

現在の綺麗な見た目からは想像できませんね!

体型や見た目の問題でキャバクラの審査に通れず、最初は「ママがいるような普通のクラブ」から夜職をスタートしています。

華やかな成功の裏には、こういうスタートがあったんです。このクラブでの経験が後の土台になっていくのですが、その詳細は「成功した理由」の見出しで紹介します。

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大学に行かなかったヤマトリノが成功した理由

ヤマトリノさんの経歴を見ると、「なんとなく成功した人」ではないことがよくわかります。

むしろ、失敗や遠回りを繰り返しながら、その都度自分で考えて動いてきたヤマトリノさん。

相澤えみりさんとの対談動画の中で語られた言葉をもとに、成功の理由を3つに整理してみました。(参照:メゾンドボーテ YouTube https://www.youtube.com/watch?v=3ffLldJ4ozs

理由① 自分の弱みを正確に把握して、戦い方を変えた

ヤマトリノさんは対談の中で、こんなことを話しています。

「あんまりキャバ嬢っぽくないって言われるんで、それがやっぱ売上立てにくかったりしてたんですけど、今はそのSNSの発信することで変わってるからいいねとか、そんな有効子がいないから指名してくれる人が多い」

「キャバ嬢っぽくない」は、本来なら夜職では弱みです。でもヤマトリノさんはそれをSNSで補うという発想に切り替えました。自分に足りないものを嘆くのではなく、別のルートで補う。この発想の転換が、ヤマトリノさんの大きな強みです。

しかも、顔出しや自撮りが苦手だったからこそXを選び、「選手の妻」というキャラクターを作って発信を続けた。苦手なことから逃げたのではなく、苦手なりにできる形を自分で見つけたわけです。

理由② 感情ではなく、戦略で動いた

ヤマトリノさんが歌舞伎町に行った理由は、「六本木に飽きたから」でも「なんとなく」でもありませんでした。

「ジャングルで売れたと言っても、1位取っても話題にもならないし、もうすでにメディアで強い子がいちゃったから。だったら歌舞伎で看板レースがあるお店を選んで、そこで1番取ったらこういうとこに呼ばれるんじゃないかなと思って歌舞伎行きました」

「六本木で売上を作る」→「歌舞伎町で看板レースに出る」→「メディアに出る」→「六本木に戻る」という、明確なゴールと逆算のプランがありました。

愛沢えみりさんが「すごい戦略的」と驚いたのも納得です!

さらに、歌舞伎町での3連続1位を達成したあとはきっちり六本木に戻っています。これも「3連続取ったら六本木帰ろう」と最初から決めていた計画通りの行動でした。

感情に流されず、ゴールから逆算して動ける人だということがよくわかりますね!

理由③ クラブでの下積みが、唯一無二の接客力を生んだ

最初にキャバクラではなくクラブに入ったことが、ヤマトリノさんの接客力の原点になっています。厳しい縦社会の中で、接客のルールやお客さんとのコミュニケーションを約1年半かけて叩き込まれました。

「クラブで最初売れなくて、だんだん売れてきた時にやっぱお給料が全然上がんないんでキャバクラ行きたいってなった」
「しゃべれるのもクラブ時代があったからだし、最初からキャバクラだったらきっと売れないまま終わっていたかもしれない」

大学に行かなかった分、現場で積み上げた経験がそのまま実力になっています。学歴という「肩書き」の代わりに、現場で身につけた「話す力」と「組数をこなす力」を手に入れたといえます。

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ヤマトリノの経歴と実績

ヤマトリノさんの経歴を整理してみました。

ヤマトリノの経歴を時系列で整理

時期出来事
高校卒業後大学進学をやめ、六本木のクラブで夜職をスタート
クラブ時代約1年半勤務。厳しい縦社会の中で接客・ルールを叩き込まれる
ベネ東京 六本木入店するも、ほとんど出勤せず。コロナ禍に突入
コロナ禍X(旧Twitter)で「選手の妻」名義での発信を開始
ファブリック六本木約3〜6ヶ月勤務後、やる気がなくなりやめる
約1年間働かない生活を満喫。Xやノート販売でSNS活動に専念
ジャングル東京(1回目)初めて「売上を作るためにちゃんと働こう」と意識が変わる
2022年8月歌舞伎町『CELUX』へ移籍。入店2週間でグループレース1位・売上5,000万超を達成
2022年〜2023年CELUXでグループレース3連続1位を達成。歌舞伎町のアイコンに
2024年2月六本木「ジャングル東京」へ復帰・移籍
2025年1月バースデーイベントで売上2.3億円を達成。ジャングルグループ史上最高売上を更新

「グビになった」経験が転機になった

ヤマトリノさんの経歴の中で、特に印象的なエピソードがあります。ベネ東京 六本木での話です。

「週6日出して、週6日当欠してたら、約半年後にクビになって…」

当時のキャバクラでは、今ほどSNSでの活動が主流ではなく、”お酒が強い子か、付き合いの良い子しか売れない”と感じていたヤマトリノさん。

週6日シフトを入れながら、週6日当日欠勤していたそう。

その結果、半年後にクビになってしまいます。

ただ、このタイミングでコロナ禍が重なり、Xでの発信をスタートすることになります。

クビになったことが、結果的にSNS活動へのきっかけになったわけです。失敗や挫折が、次のステップへの入口になっているところがヤマトリノさんらしいですね。

「キャバ嬢っぽくない」を武器に変えたSNS戦略

Xを始めた当初、ヤマトリノさんは顔出しも自撮りも苦手だったといいます。それでもXを選んだのは「写真が苦手だから。文字メインのほうが続く気がした」という理由からでした。

「選手の妻」というキャッチーな名前を使い、「ちょっと知的で納得感あることを言う」キャラクターとして発信を続けた結果、フォロワーが11万人を超えるインフルエンサーに成長しました。SNSでの知名度が上がったことで、キャバ嬢としての指名にも直結するようになっています。

「SNSで宣伝して、ちゃんとお店でも夜8時からはいってます」

歌舞伎町3連続1位という実績

ヤマトリノさんが歌舞伎町に行ったのは、「最速で知名度を上げるため」という明確な目的がありました。

『CELUX』に移籍したのは2022年8月。入店からわずか2週間でグループレースに参加することになり、最終的に1位を獲得。初レースの売上は5,000万円超でした。その後も半年ごとのレースで1位を取り続け、3連続グループレース1位という実績を残しています。

「3連続取ったら六本木に帰ろう」と最初から決めていた計画を、そのまま実行した形です。

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ヤマトリノの現在の活動

現在のヤマトリノさんは、六本木「ジャングル東京」を拠点に、キャバ嬢・インフルエンサー・ファッションモデルと、複数の顔を持つ存在として活動しています。

六本木「ジャングル東京」で快進撃を続ける

2024年2月に歌舞伎町『CELUX』から六本木「ジャングル東京」へ復帰したヤマトリノさん。「落ち着くために六本木に戻ったら、こっちはこっちでバチバチだった」と笑いながら語っています。

現在の出勤スタイルはほぼ週6日。同伴やアフターはあまりしないスタイルを保ちながら、毎日しっかりお店に立ち続けています。

「1日休んだら計画が1歩くらい遅れるように思ってるんで。1日休んだら1ヶ月分くらいに思っちゃうんですよ」

スポーツ選手のような感覚で、1日も休まないことを自分のルールにしているようです。

バースデーで2.3億円・ジャングルグループ史上最高売上を更新

バースデーイベントでは、売上2.3億円を達成。ジャングルグループの歴代最高売上を更新しました。

ヤマトリノさんの顧客スタイルは、いわゆる「エース(超高額を一撃で使う客)」頼みではありません。

「私、エースとかいないんで。1カ月前からSNSで告知をしてせっせと協賛金を集め…。タワーは仲良いお客さんに直接お願いしてっていう感じで」
「無理せず2番目ぐらいの指名でいいから切れないでね、みたいなスタンス」

1人1人のお客さんと長く、無理なく付き合い続けることで、組数と売上の両方を積み上げていくスタイルです。バースデーイベント2日間で来店した組数は1日目17組・2日目20組。黒服さんに「ここ数年で一番組数が多かった」と言われるほどでした。

SNS・メディア・ファッションと活躍の場が広がる

キャバ嬢としての活動にとどまらず、メディアへの露出も増えています。

  • X(旧Twitter):「選手の妻」名義で週3〜4回更新。フォロワー数は11万人超え
  • YouTube:「ヤマト リノ」チャンネルで週1回更新。ぶっちゃけトークやお悩み相談が人気
  • ABEMA:キャバ嬢番組に出演
  • 関西コレクション:ファッションショーに出演
  • ファッション誌「小悪魔ageha」:専属モデルを務める
  • ラストコール:キャバ嬢番組として話題のコンテンツにも出演

SNS発信を「キャバ嬢として稼ぐための手段」と明確に位置づけており、YouTubeを始めてからは週に多いときで3件、少なくて1件のSNS経由の指名が入るようになったといいます。

ヤマトリノの今後の目標は?

ヤマトリノさんの今後の目標は、シンプルでとても正直です。

「大きく稼げるときに稼いで資産形成して、運用の仕組み作ってFIREするっていうのがキャバ嬢をしている理由」
「やりたいことが特にない人間だから、やりたいことがなくても生きていけるぐらいの感じにしたい」

「夢を持て」「やりたいことを見つけろ」という言葉があふれる世の中で、「やりたいことがないからFIREを目指す」と堂々と言えるヤマトリノさんのスタンスは、共感する人も多いのではないでしょうか。

また「夢を叶える秘訣」についてはこんな言葉を残しています。

「自分が人生の主役だと妄想すること。結果がついてこないときも、頑張っていないからなだけで、頑張れば本当はすごいと思い込んでいました」

学歴でも肩書きでもなく、自分を信じて現場で動き続けること。それがヤマトリノさんの生き方の軸といえそうです。

まとめ

ここまで、ヤマトリノさんの大学・学歴・経歴・現在の活動について見てきました。最後に要点をまとめておきます。

ポイント内容
① 最終学歴は高校卒業大学進学を考えていた時期もあったが「勉強が好きでない」「中途半端な大学に行っても意味がない」と判断し、直接稼ぐ道へと思い進学をやめた
② 高校卒業後はクラブからスタートキャバクラの審査に通れず、六本木のクラブで夜職をスタート。約1年半の下積みが接客力の土台になった
③ 失敗を繰り返しながら戦略で動いた首になった経験がSNS開始のきっかけに。歌舞伎町では「3連続1位を取ったら六本木に戻る」という計画を最初から持って動いていた
④ 学歴より「自分の弱みを知る力」が武器キャバ嬢っぽくない自分をSNSで補い、本音接客という「隙間産業」を見つけた
⑤ 現在も六本木で快進撃を続ける2025年バースデーで2.3億円を達成。ジャングルグループ史上最高売上を更新

ヤマトリノさんの経歴を見ると、「大学に行かなかったから成功した」のではなく、「自分に合った場所を自分で見つけて、そこで動き続けた」から成功したのだとわかります。

学歴があっても失敗する人はいるし、学歴がなくても結果を出す人はいる。ヤマトリノさんはその代表例のひとりといえるでしょう。

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